日々の売り買いの蓄積は正当に評価されねばならない

うちの向かいの家では、持ち家のバックにいらっしゃる拒否ウォールの改変工事を行なっている。もう随分と前に作られたウォールなのでクラックが入ってきたと言う。全面的な改変工事なので、現存するウォールをひと度取り壊して新しいウォールをやり直すという手順である。工事の初日は分裂のために費やされた。そして今後は拒否を積み上げて真新しいウォールを作って出向く。それを見ていて俺が感じたのは、職人君たちが毎日せっせと拒否を積み上げて行けば間もなく適切壁面が出来上がり、これを見て人々は奴らの出社風を容易に評価することができるということである。翻って、俺が元々従事していたような経理業務の場合は何とか。経理の場合も同じように日々の投機を仕訳という外観にして会計体制に入力して出向く。毎日せっせと仕訳を入力して行くのは、貸借差前面や損益勘定などの財務諸表を作り上げる結果です。しかしながら、こんな出社は実に地味な出社で、他種別の人々の視線に接することもないし非常に評価されづらいという現実がある。最大手ともなれば、日々の仕訳の経験が最終的には連結財務諸表となって告白繋がるわけだが、その割合は評価されることが安い出社とも当てはまる。経営幹部がどうも地味なそんな出社のウェイトを実感していないと、その社の将来は危ないと言わざるを得ないと俺は思うのである。エピレ 500円